奥の細道・2日目
寝れなかった道の駅での車中泊、師走中13日の早朝、天気は良好
壬生町福和田、丁の字交差点に芭蕉句碑 『北赤塚一里塚跡』の榎
『久たびれ亭 宿可る頃や 富じの花』 日本橋から25番目とある。
『久たびれ亭 宿可る頃や 富じの花』 日本橋から25番目とある。
日光荒二山神社から程近い東照宮に向かう途中に廃館となった旧宝物館の庭に
『あらふたと 青葉若葉の 日の光』③
『あらふたと 青葉若葉の 日の光』③
日光市安良沢小学校校庭には 安良沢小から1時間程
『暫時は 瀧に籠るや 夏の初め』④ 芭蕉宿泊地、塩谷郡塩谷町玉生の宿跡碑あり。
『暫時は 瀧に籠るや 夏の初め』④ 芭蕉宿泊地、塩谷郡塩谷町玉生の宿跡碑あり。
4月2日鬼怒川を舟で渡り玉生で宿泊し 黒羽城跡、急に雨雲発生し雷の襲来受をける
3日快晴8時立つ、黒羽城址へは一時間半 芭蕉はこの黒羽の地で14日間滞在
3日快晴8時立つ、黒羽城址へは一時間半 芭蕉はこの黒羽の地で14日間滞在
城址に『田や麦や 中にも夏は ほととぎす』『山も庭も 動き入るや 夏座敷』
いづれの句も奥の細道には載ってはいない句である。
いづれの句も奥の細道には載ってはいない句である。
芭蕉が13泊した黒羽で殺生石へ立つ時に 芭蕉の弟子十哲の一人、桃雪の家に6泊
詠んだ句がこの常念寺にある。 『野を横に 馬牽きむけよ ほととぎす』⑦
詠んだ句がこの常念寺にある。 『野を横に 馬牽きむけよ ほととぎす』⑦
黒羽 修験光明寺跡の木札、茂みの先に句碑があり『夏山に 足駄を拝む 首途哉』⑤
那須雲厳寺、JR東日本のCMに吉永小百合 臨済宗妙心寺派のお寺(禅寺)での句
が立っていた朱塗りのそり橋 『啄木鳥も 庵は破らず 夏木立』⑥
が立っていた朱塗りのそり橋 『啄木鳥も 庵は破らず 夏木立』⑥
遊行柳、芭蕉句碑があり他にも西行や蕪村 『道のべに 清水流るる 柳かげ
の句碑もある。 しばしとてこそ 立ちどまりつれ』西行句
『田一枚 植えて立ち去る 柳かな』 『柳散 清水涸 石処々』蕪村句
の句碑もある。 しばしとてこそ 立ちどまりつれ』西行句
『田一枚 植えて立ち去る 柳かな』 『柳散 清水涸 石処々』蕪村句
那須温泉神社の境内には『湯をむすぶ 誓いも同じ 石清水』
の句碑があるが芭蕉の句ではない。 神社から見下ろす硫黄臭漂う殺生石
の句碑があるが芭蕉の句ではない。 神社から見下ろす硫黄臭漂う殺生石
『飛ぶものは雲ばかりなり石の上』 『石の香や 夏草赤く 露暑し』
『飛ぶものは雲ばかりなり石の上』この句は芭蕉の名が消されていて実際は
越中の麻父(まふ)という門弟が詠んだ句であることが判明。
是より先の白川関所跡へは春の雪解けを待って其れからと言う事に・・・何時頃かって?
『桜より 遅くはならぬ 首途かな』寅次郎
句も知らず、寅の供する、奥の細道(*'▽')(ごめんね・寅さん)
by 侘び助 (2021-01-30 21:24)
侘助さん、コメントありがとうございます。
『世が乱れ 流行るコロナが おもふ壺』寅次郎
二度目の緊急事態宣言もう、この辺で収まってもいいコロナと申し上げたいね。
by 濱の寅次郎 (2021-01-31 09:30)